祈りは永遠に。

03:目的

 アラミス湧水洞からダアト港までは近いのに、ダアト港からダアトまでは地味に遠いのはどういう仕組みなのか。普通にダアトにダアト港作ればいいじゃんと今になって思う。ゲームしてるときは距離感とか全く考えなかったけど、実際に歩いてみると「いやこれ徒歩移動する距離じゃなくない!?」という感想がとにかく出てきて困った困った。
 とは言え一刻を争う事態なので、旅に慣れたジェイドに雛鳥のように着いていきながら、私たちは馬車や船を駆使してダアトまでの道を急いだ。
 道中、ティアに譜術の基礎を教えてもらいながら魔物相手に練習をする時間も取れたのは非常に助かった。とは言え、時間がない中進んでいるので魔物の処理はほとんどジェイドやガイがしてしまったから、私ができるようになったのは最初に使った譜術――フォースフィールドに似た「何か」――を安定して発動させ、みんなの盾を作ることくらいだったが。それでも何もできないよりはマシだ。
「見えてきましたよ」
 丘を登りながらジェイドの言葉に顔を上げると、眼下に大きな街が広がっているのが見えた。これまたゲームグラフィックでは何度も見てきたが、実際に見ると規模感がまるで違うので驚いてしまう。
「ご主人様! あれがダアトですの?」
「俺は知らないよ。そうなのか?」
「ええ、そうよ。あの教会にイオン様とナタリアが軟禁されているのね」
 ティアの声にジェイドが頷く。何故二人が軟禁されているのか、キムラスカ、マルクト、そしてダアトが今どんな状況なのかは移動中にジェイドから説明してもらっている。今はとにかく、戦争を起こさないために停戦のカードを切れそうな二人を救出するのが最優先事項だ。
「教会の中に入るにはどうすればいいんだ? まさか正面から入れるってことはないだろ?」
「はい。先行しているアニスが教団の様子を探っています。街で落ち合えればいいのですが」
「……だったら、まず『教会の前』に行くといいと思います」
 どうせもうすぐ本当のことを話せるし、ということで、私はジェイドにそう告げた。私が何かを隠しているとジェイドはもう気付いているが、流石に急に首を突っ込みすぎただろうか。メガネの奥で譜眼がじろりと私を見た。
「悪いようにはなりませんよ。そうですね、私の一つ目のお願いを聞いてくださったお礼……私からの『預言スコア』のようなものだと思っていただければ」
「そうですか。……まあ、闇雲にこの広い街を探し回る前に乗ってみるのも悪くはないかもしれませんね。もしかすると我々の死を知っている人間がいるかもしれませんから、皆さん気を付けるように」
「了解ですの!」
 ルークの肩の上でミュウが元気に手を挙げる。そんなわけで、私たちはまず第四石碑の丘から街に入って教会の前を目指すことにした。
 どうせゆくゆくはここに辿り着くんだろうけど、少しでも時間を短縮できるに越したことはない。私の記憶が定かなら、教会の前に到着してすぐに……
「うおおおおっ!?」
 横から突っ走ってきた桃色の影に、ガイがびょんと勢いよく飛び退いた。キキーッ!と急ブレーキでもかけたみたいに止まった少女を見て、ルークが彼女を呼び止める。
「アニス!」
「うわっ! アッシュ、髪切った?」
「お、俺は……」
「あ、違った。ルークだ……って、えええ? なんでおぼっちゃまがこんなところにいるの!? てか後ろにいるのは大佐たち? わっは♡ これってローレライの思し召し?」
「うーん……ローレライかどうかは定かではありませんが、まあ、近しいものなのかもしれませんね」
「それってどーいう……ん?」
 ぴょんぴょん跳ねていたアニスは、一行の中に見慣れない顔があることに気付いて首を傾げる。
「大佐ぁ、この人は?」
「彼女は途中で知り合ったといいます。諸事情ありまして、イオン様たちを助けるまでご一緒することになったんですよ」
「へー。ま、大佐がそう言うならアニスちゃん的にはオッケーです。えーっと、神託の盾オラクル騎士団所属、導師守護役フォンマスターガーディアンのアニスちゃんでーっす! よっろしくぅ!」
です。よろしくね、アニス」
「それで、お二人はどうされています?」
 教会の方を一瞥してからジェイドが問いかける。アニスはビシッと背筋を伸ばすと、ジェイドへ報告を始めた。
「イオン様とナタリアは、教会の地下にある神託の盾本部に連れていかれましたっ!」
「侵入方法はないのか? 何としてでも二人を助けないと、本当に戦争が始まっちまう」
「っていうかぁ、もう始まりそうだけど」
 アニスは溜息を吐きながらガイに返した。ダアトを移動して情報を集めていたアニスが一番情勢に詳しいので、彼女の言葉にみんなで顔を見合わせる。やがてジェイドがカチャリとメガネを押し上げてから、ティアの方に視線を向けた。
「ティア。第七譜石が偽物だったという報告はまだしていませんよね。私たちを第七譜石発見の証人として、本部へ連れていくことはできませんか?」
「解りました。自治省の詠師トリトハイムに願い出てみます」
 トリトハイムを介せばイオンたちが捕まっている場所に入れるかもということに決まり、私たちはトリトハイムに会うため、ひとまず警備の厳しくない教会へ足を踏み入れる。一般の信者が訪れるからか、警備担当らしき人は重装備ではない。
 薄暗い教会の中に入ってすぐ、「あらあらあら!」という明るい声が私たちに降ってきた。突然声をかけられたことにルークたちは驚いたが、アニスは呆れたような顔で声をする方を見る。そこに立っていたのは物腰柔らかさそうな女の人だった。もちろん私は、彼女が誰か知っている。
「ママ。ちゃんと貯金してる?」
「あらあらあら。大丈夫よ。ちゃんと月のお給金はローレライに捧げているわよ」
「まーだそんなことしてんのっ!? それじゃあ老後はどうするのよっ!」
「大丈夫。預言通り生きていれば、お金なんていらないのよ」
「……あー、やっぱ私が玉の輿狙わなきゃ……」
 アニスが頭を抱える姿を前にしても、彼女――アニスの母親、パメラは特に困ってもいないようだった。たったこれだけの会話で、流石にルークもアニスの母親がちょっとズレた人であると認識したらしい。どうしたものか、という視線が向けられている。
「おっ、アニスじゃないかぁ。こんなところでどうしたんだい?」
 喋っている姿に気付いてか、祭壇の方から男性が歩いてくる。言うまでもなく彼はアニスの父親だ。それから父親の方も母親同様にお金に対して執着がなさそうだと解る話をして、母親と共に去っていった。
「はあ……ごめんみんな、ウチの親の恥ずかしいところを見せちゃって」
「アニスもいろいろ大変なんだな……」
「まーね……私のパパとママ、昔からああで。すぐ騙されちゃって、お金全然ないの。いい人ではあるんだけどさ……って、ごめんごめん。私のことはどうでもいいから、早く詠師トリトハイムのところに行こっ!」
 明るい笑顔を浮かべて、アニスはたたたっ……と教会の中を走っていってしまう。それが偽物の笑顔であることは誰でも解ったけど、何を言うこともせず私たちは彼女の後を追った。
 トリトハイムがすぐに許可を出してくれ、スムーズに神託の盾騎士団の本部に入ることに成功する。トリトハイムから受け取った木札を見せれば憲兵はすぐに私たちを通してくれたが、中に入った瞬間警備のレベルがグンと跳ね上がったことに気が付いた。そりゃそうだ。導師と他国の姫を軟禁しているエリアの警備をザルにしておくわけがない。
「ここからどこへ行けばいいんだ?」
「解んないよ。虱潰しに探さないと……」
「……
 困ったように辺りを見回すアニスをよそに、ジェイドが私の名前を呼ぶ。それだけで私は、彼が何を求めているのか解ってしまった。
「あなた、イオン様たちがどこにいらっしゃるかご存じではありませんか?」
「大佐、彼女は一般人です。神託の盾本部の構造を知っているはずが……」
「……いえ。恐らく……くらいの認識で良ければ、案内できると思います」
「えっ!?」
 自分でも呆れるくらい、私はテイルズオブジアビスというゲームをやり込んでいる。なので当然、各ダンジョンのマップくらい頭に叩き込まれているのだ。と言ってもゲーム画面と現実は違うものだから、地図を暗記していたとしても実際に迷わず進めるとは限らないが。
「な、なんで? ぶっちゃけアニスちゃんでも知らない部屋とかあるんだけど……」
「まあいろいろあって……ただ、実際に歩いたことはないんです。大体の目星が付く程度ですが……それでもいいですか?」
「もちろん、何もないよりマシです。解る範囲で構わないので教えてください。それからもう一つ確認ですが、……あなた、人を殺したことはありますか?」
 その言葉にビクッとしたのはルークだった。彼が初めて人を殺した、殺してしまった日のことを私はこっそり思い出しながら、私はとりあえずジェイドの言葉に首を左右に振った。
「殺されかけたことはありますけど、殺したことはないですね」
「そうですか。ですがここから先は人を殺めなくては進めないこともあると理解してください。道中では守護の譜術だけで何とかなりましたが、これからはそうもいきません。基礎はティアに叩き込んでいただいたでしょうし……アニス。は譜術の素質があるようですので、移動しながらあなたが教えてやってください。もそれで構いませんね?」
「了解です、大佐!」
「私も大丈夫です。アニス、よろしくね」
「うん。ビシバシいっちゃうよ!」
 ぱちんとアニスがウィンクをする。
 何となく道が解るといっても、戦えない私を先頭に置くわけにはいかない。近接戦闘もできるしトリトハイムの木札を持ってもいるティアが先頭、その後ろにジェイド、アニスと私。後方をルークとガイで固めるという隊列を作り、私たちは神託の盾本部を進み始めた。
「音素って、人によって使えるのと使えないのがあるんだよね。何使えるか解んないし、まずは火属性、第五音素からいこっか」
「うん」
 アニスは手をぱっと広げる。廊下でもつっかえないサイズにトクナガを巨大化させた彼女は、廊下の奥からこちらに気付いて剣を構えた兵士に向かってジャンプした。
「こうやって第五音素を集めて――いっくよ!」
「えちょっ……!?」
 走ってきた神託の盾騎士団の兵に向かってアニスはトクナガの掌底を叩き込む。瞬間、ぶわりと炎がトクナガの拳に絡み付いた。
「――空破爆炎弾!」
 兵士の鎧がメキョと凹み、その場に崩れ落ちる。アニスはトクナガから降りて背中に背負い直すと「ね? 簡単でしょ?」と言わんばかりの顔で私を振り返った。……なるほど、解らん!
「私もあんまり得意じゃない音素はあるし、探り探りでやってみよ。あと、譜術士フォニマーもこういう近接技覚えとくに越したことはないと思うし〜」
「それはそうかも。詠唱中に攻撃されたら、すぐ切り替えられる方がいい……んだよね?」
「そうそう、解ってるじゃん! よし、次はがチャレンジしてみて!」
 妙に明るいのは、もしかしたら両親との会話を忘れ去りたいからなのかもしれない、なんてちょっと思った。なんとなく空元気っぽいし。でもそれなら、私も乗っかってあげた方がアニスのためになるかも……そう思って、言われるがままに音素を集める練習をしていく。
 イオンたちの軟禁されている部屋に近付く頃には、私は音素の収束がすっかりできるようになっていた。とは言えアニスみたいにキビキビ動けるわけじゃないから、戦闘となるとまだまだだけど。
「……この部屋だったはずです」
 ドアの数を数え、私はその部屋を指し示す。こくりと頷いて、ガイが思い切りドアを壊した。室内にいた兵士を速攻で返り討ちにしてすぐ、「ガイ!?」というナタリアの声が響く。
「それに……ルーク……ですわよね?」
「アッシュじゃなくて悪かったな」
「誰もそんなこと言ってませんわ!」
 ちょっとだけ顔を赤くしてナタリアが告げる。が、すぐにルークの後ろに見慣れぬ人物がいたことに気付いて彼女は首を傾げた。
「大佐、そちらの方はどなた?」
「彼女はといいまして、ここに来るまで色々お手伝いをしてもらったんです。……さて、。ここまで待ちましたし、アニスからある程度戦闘の指南も受けたことでしょう。『約束』の方、手短にお願いします」
「……はい、大佐」
 後ろでガイが壊したドアを戻して(壊したと言ってもドアノブだけだったし)、見張りの兵士をふん縛っている。その姿を見てから、私はこくりと頷いて全員を見回した。
 侵入者がいることはもう伝わっているはずだし、六神将がここに来るのは時間の問題だ。時間がない中スムーズに話せるよう、ここまでの道で話すことは考えてきた。信じてもらえなくてもいいから、知っていることを、差し支えない範囲で全部話そう。
「私は、この惑星に――オールドラントに暮らす人間じゃないんです」
――この世界「オールドラント」は、私の世界では一つの遊戯ゲームの中に存在する場所。
「私は皆さんの活躍を、『物語』という形で何度も見届けました。だから、どこに行けばアニスに会えるのか、どこにイオン様たちが捕まっているのかを知っていたんです。それだけじゃなくって、今までみんなからは説明されていないこと……ルークがアッシュの劣化複製人間レプリカだということも知っています」
「っ……!」
「ごめんね、ルーク。知らない振りしてあなたに接してた。でも、最初にそれを言ってしまったらここまで来ることはできないと思っていたから。ガイのことを知っていたのも、そういう理由なの」
「……その判断は正しいですね。そうと知っていれば、私もあの場で殺してしまっていたかもしれません」
「ふふ、流石です『バルフォア博士』」
 この場ではイオンしか知らないであろう名前を告げれば、ジェイドはやれやれと言った風に両手をオーバーに広げてみせた。これ以上ない証拠を提示されれば、彼も私の話を信じざるを得ないだろう。
「食えない人だ。……それで? 異世界から私たちのことを『物語』として知っていたあなたが、どうして我々の前にいるんですか?」
「正直、それについては私もよく解っていないんですが……私、自分の世界で死を選んだんです。生きているのが辛くて、生まれた意味が解らなくて。屋上から身を投げたはずなのに、気が付いたらアラミス湧水洞にいた」
「失礼ではありますが、いささかできすぎた話ですね。何でも知っているあなた自身が、自分のことだけは解らないという点を含めて」
「私もそう思いますよ、大佐。ずっと見てきたオールドラントにいるなんて」
 死んでもいいと思っていたはずなのにどうして私は生きているのか。更に言うなれば、死にたいと思っていたはずなのにどうしてのうのうと生きているのか。
 疑問は私を取り囲む。けど迷ってる時間はやっぱりない。
「時間がないので結論から言います。こうしてオールドラントに来て、戦う力を手に入れた以上……私には目的ができました。それは『預言を壊す』ということ」
「預言を……?」
 ずっと黙って様子を見ていたイオンが口を開く。預言がどんなものであるか叩き込まれて生きてきた彼にとっては予想外のことだったに違いなかった。
「私の知るこの世界は、物語として美しかった。でも、だからと言って預言通りに人が死ぬことを、当事者になった以上は見過ごせません。どちらにせよ『預言』は、ヴァンがルークを……『聖なる焔の光』のレプリカを作ったことで崩れつつあります。だったら、私はそれを完全に壊して、できるだけ犠牲のないエンディングに辿り着きたいんです」
 私は何のためにオールドラントに来たんだろうと考えた。ルークの手伝いをするため? ヴァンを倒すため? 色々悩んだけど……全部、違う気がした。だってあのとき、目を覚ます前に聞こえてきた声は私に「救って」と言っていたから。この世界を「救う」ということがどういうことか、条件を指定されたわけではない。だったら後は、私が好きに「救って」いいはずだ。
――試してみようよ。アンタたちと空っぽのボク、世界がどっちを生かそうとしてるのかさぁっ!
 あの言葉を、彼はどんな気持ちで言ったのか。
 あの言葉を、私は本当に聞きたいと思っているのか。
 ずっと考えていた。シンクにとって死は救いだったのかも、って。私が死に救いを求めたのと同じで……或いは、死を決断したことで初めて私はシンクの気持ちを理解できたような気もする。だからこそ、こうして二度目の生を得て――思う。
 生きていれば、生まれた意味は探せるのだと。
 生きていれば、空っぽでなくなる日が訪れるかもしれないのだと。
「そういうわけですから……ジェイド、みんな。私はここに残ります」
「えっ……!?」
「あ、別にみんなを裏切って神託の盾に与して預言を壊そうとか思ってるワケじゃなくて! みんなの邪魔になることは決してしないって、ローレライに誓っていい。でも……私のやりたいことはきっと、ここにいる方が上手くいく気がするんです」
……」
 私ごとき、何もできないかもしれない。でもチャンスはあるはずだ。だって私は「全て」を知っている。こんな情報源をみすみす殺すようなヴァンではないと確信していた。
「あと、本当は、これから何が起きるかを全部教えておきたいところなんですけど……私が口にしたことで何かが変わってしまったら本末転倒ですから。だから今は言えません。その代わり、大丈夫だと思ったら必ず伝えるし、場合によっては私が駆けつけられるようにします。絶対に」
「……」
 私の言葉を受けて、ジェイドが再びメガネのブリッジを押し上げる。それから彼はこちらに背を向けた。
「行きましょう、皆さん。追っ手が来る前にダアトを離脱する必要があります」
「で、でも大佐っ! 一人で……」
「何か考えがあってのことでしょう。それに基礎はアニスが叩き込んだのでは?」
「うぅっ、そ、そうですけどぉ……!」
「大丈夫だよ、アニス。絶対また会いに行くから、今は逃げて」
 アニスが眉尻を下げる。それはさっきの笑顔と違って偽物じゃない、私を心配してくれている顔だった。もちろんアニスだけじゃなくて、ティアやガイも私のことを心配そうに見ている。ここがどれだけ危ない場所なのか知っているからだろう。
「なぁ……。俺とも約束してくれるか? また会えるって。死なねぇって」
「うん、約束する。絶対また会えるよ、ルーク。短い間だったけど、ありがとう」
 言い終わったところで、扉の外から足音が聞こえた。兵士が来てしまったらしい。大佐は窓を開けると、小脇にイオンの身体を抱きかかえて脱出の体勢に入る。
、あのね! 譜術の詠唱って、音素を言葉に乗せて収束させるの。これも感覚で掴むしかないと思うんだけど……っ、自分がどういう力を使いたいのかを考えながらやれば、きっと音素は応えてくれるからっ!」
「ありがとう。……次に会うときは、もっと上手くなってるから!」
「うん! アニスちゃんがタダで何かを教えるなんて本当にレアなんだからねっ!」
 ウィンクを残してアニスが窓の外へ降りていく。空中でトクナガを巨大化させたのか、ぼすんという音が聞こえた。続いてナタリアとティアが、下でキャッチ体勢に入ったトクナガ目がけて飛び降りる。
「みんな、またいつか!」
 言い放つと同時に、神託の騎士団の兵士たちが部屋になだれ込んできた。
 開いた窓。残っているのは私だけで、他には誰もいない。どんな馬鹿だってイオンたちが逃げたということくらい解るだろう。兵士たちを振り返ると、開け放した窓から吹き込んできた風が私の髪を揺らした。
「貴様、さてはイオン様を……!」
 兵士の槍が私に向けられる。ああ、怖い。けどどうせ一度は死んだ身だ。ルークたちはこの先もっともっと怖い思いをする。これくらい耐えてみせなくちゃ。
 私ごときじゃ抵抗は叶わない。まずは捕縛された状態で、どうにかヴァンなり六神将なりに面会ができるよう立ち回らないと――しかし、そんなことを考えた私の耳朶をアルトボイスが打った。
「……何? 導師がいなくなったの?」
「申し訳ございません、師団長! 見張りを付けておいたのですが……!」
「御託はいいよ。そんなことより――アンタは誰?」
 歩いてきた少年に道を譲るように兵士たちは左右に分かれる。兵士たちよりいくらか背の低い彼は、仮面の下に見える唇を不機嫌そうに歪めながら黒い手袋の先でぴっと私を指し示した。
 まさか、いきなり本命がやって来てくれるなんて。驚きと感動に内心大慌てになりながらも、私は努めて冷静に、部屋に入ってきた少年を煽るように口を開いた。
「初めまして。……イオン様なら、逃がしましたよ?」



2025.12.15 柿村こけら



Prev / Back / Next