祈りは永遠に。
04:刻印
「やってくれたね」
くつくつと笑って彼――シンクは問う。
ここからが正念場だ。今の私は、「イオンを逃がした一味の仲間」というポジションでしかない。シンクからしたら大したことのない雑魚キャラの一人。
かつん、と彼のブーツが床を踏む。手を伸ばせば殺せる距離まで近付いてきた彼はきっと、私のことをいつでも殺せる相手だと舐めているのだろう。もちろん当然、戦闘で勝てるわけがない。だからこれだけ近付いて来られる。
そんな彼に対して、私が使うのは譜術ではなく知識だ。全てを知るプレイヤーだからこそ使える切り札。彼にとって絶対に知られてはいけない最大の秘密さえも私は知っている。
「お褒めに預かり光栄です、烈風のシンクさん? それとも……『六番目のイオンレプリカ』って言った方がいいですか?」
「っ!? アンタ、なんでそれを……!」
流石にこう返されるのは予想外だったらしい。それを知っているのはイオンレプリカ本人たちとヴァンやモースだけ。被験者イオンが既に死んでいることさえアリエッタのような導師守護役ですら知っている人はいない以上、こんなトップシークレットを把握している私はシンクの中で急速に「要注意人物」に格上げしてもらえたはずだ。
もちろん、声のボリュームを落としたから周りには聞こえていないと解っているだろうけど……それでもシンクはそれなりに焦っているんじゃないか? まず「レプリカ」という存在を知らなければ言えるようなことじゃないし。
「〜〜ッ!」
「っぐぁ!?」
しかし私が余裕でいたれたのもそこまでだった。どすん、と彼の拳が私の腹部を穿つ。体勢を崩した私は彼の腕の中に倒れ込まざるを得なかった。顔は仮面に隠れて見えないけど、やっぱり焦りが見えた気がする。
「師団長?」
「……こいつはイオン脱走の重要参考人だ。ボクが連れていく。尋問を終えたらヴァンへの報告もボクがやるから、アンタたちはもう下がって」
「はっ、了解しました!」
がしゃんと鎧を鳴らしながら兵士たちは去っていく。全員がいなくなったところでシンクは私の手首をがっしりと掴んだ。
「……アンタに色々聞きたいことができた。話してもらうよ。まず、名前は?」
「。フルネームは」
「どうしてこの部屋にいた?」
「イオンとナタリアを助けに来たジェイドたちと一緒に入ったの。イオンたちは逃げたけど、私はここでやりたいことがあったから残った」
「やりたいことって言うのは?」
「それを話すには、もうちょっと説明を挟ませて欲しいかも。できればヴァンたちもいる場所での方が、何度も同じ説明をしなくて済むので助かるんだけど……」
「……そう」
シンクの顔がすっと離れていく。いきなりヴァンの名前を出したのはやり過ぎだったかな?と迷っていると、突然彼の手が私の太ももをむんずと掴んだ。
「ッ!?」
「……動くな」
もう片方の手がいつの間にか私の手首を抑え込んでいた。背中にドンッと衝撃が走って、壁に押し付けられて逃げ場を消されたことに気付く。シンクの左手一つで私の両腕は頭の上に纏め上げられ、膝頭で足の動きも封じられてしまった。
左の太ももを掴んだ右手が淡く光る。直後、ほんの一瞬ではあったが皮膚が焼け爛れたかのような痛みが太ももに奔った。続いてじわりと広がっていく痛みに、私はスカートから伸びる足を見遣る。そこには大きな紋章のようなものが刻まれていたが、すぐに肌に同化して見えなくなった。もしかしなくても、これは……!
「カースロット……?」
「へぇ、そんなことまで知ってるんだ。なら、どうなるかも解るよね?」
手を離したシンクは唇を歪めて私を一瞥する。
カースロット。ダアト式譜術の一つで、本来は導師にしか伝えられないものだ。シンクはイオンのレプリカだから、イオンしか使えないはずのそれを覚えているということだろう。
「……カースロットは術者が命令を強制できる技。私はもう、シンクに逆らえないんでしょう?」
「そういうこと。二度手間は嫌かもしれないけど、ボクも報告義務があるからね。悪いけど話してもらうおうか、アンタのこと」
一ミリも悪いなんて思っていなさそうな声で彼は告げた。シンクの拘束から解放された手を、カースロットの証に這わせる。まだ少しだけそこに熱が残っていることを確かめながら、私はジェイドたちに話したことをそっくりそのままシンクにも話した。
「……ふぅん。信じがたい話だけど、誰も知らないはずのことを知ってるなら疑いの余地はないか。それに、アンタの『預言を壊す』ってのはうちの総長の意向に近いしね」
「あはは……信じてもらえるなら何よりだよ。少なくとも私はシンクやヴァンたちの敵になるつもりはない。私はみんなが知らないことを知っているっていうアドバンテージもあるんだし、保護ないし拘束ないししておく価値はあると思わない?」
「まあ、信じてもらえるかどうかは置いておいて、他所でレプリカのことなんか言いふらされたらたまったモンじゃないからね。……いいよ。ちょうどヴァンも戻ってきてるし、挨拶くらいはさせてあげる。どう判断するかはヴァン次第になるけど」
「それで十分だよ。ありがとう、シンク」
ぺこりと頭を下げると、シンクは「別に」と言ってふいっとそっぽを向いてしまった。
イオンとナタリアが逃げた件の報告も兼ねてということで、私はシンクの後を着いて総長室へ向かう。部屋に入れば、泰然自若とばかりに構えている姿がすぐに目に入ってきた。ヴァンはシンクの後ろにいる私を見て少しだけ眉を顰めたけど、シンクが無駄なことなんてするわけないと解っているからか言及はしてこない。
まず先にイオンの脱走についてシンクが話した。モースと違ってヴァンは預言通りに戦争を起こすことにそこまで執着していないからか、イオンたちが逃げ仰せたことについて彼は「起きてしまったなら仕方ないか」くらいにしか思っていないようだった。どちらかと言うと彼の好奇心はずっと私に向けられている。それは私が察してしまうほど露骨な視線だった。……気付かせるためなのかもしれないが。
「それで、イオンたちの脱出に協力したのがこの女」
「生かして連れてきたということは、何かがあるのだな?」
「そう。……コイツはボクがイオンレプリカだということを知っていた」
「……!」
ヴァンの視線が急に鋭くなる。何か面白いものであればいい程度だった雰囲気が、あっと言う間に張り詰めたように感じた。実際、トップシークレットなそれを知っている人間相手に油断してはいられないと思った可能性もあるだろう。
シンクから後は自分でやれとばかりに小突かれて、私はヴァンの前に進み出た。敵でないことを証明するためにまずは一礼。緊張はするけど……日和ってたら使えない駒だと思われちゃうし、ここはしっかり説明しないと、だ!
「初めまして、ヴァン総長。私はといって……オールドラントとは異なる世界からやって来ました」
「……ほう?」
乾いた喉を湿らすようにゴクリと唾を飲み込んで、私は本日三度目の説明をヴァンに話していく。ヴァンは最初こそ半信半疑というような顔をしていたが、私が誰も知り得ない秘密を次々に口にすると、こちらの言い分を信じざるを得なくなってしまったようだった。
流石に物語の最後がどうなるかはまだ教えられないので、ここについてはジェイドに言ったのと同じ説明を続けさせてもらう。
「……というワケで、私は預言を壊すために立ち回りたいと思っているんです。そのためにはルークたちと行動をするより、既に行動に移しているヴァン総長のところに身を寄せる方が手っ取り早いと思いました」
「一理あるな。だが、完全に我々と志を同じとするわけではないのだろう?」
「そうかもしれません。ですが、協力した方が計画は順調に進むと思いませんか? 私はルークたちだけじゃなく、大詠師モースやピオニー陛下がどう動こうとしているかも把握していますし、色々な場所の地図も頭に入っています。でも私には一人で行動するだけの戦力がない。そこで、ヴァン総長たちに協力する分、戦力を補わせて欲しいんです」
「……」
私には情報以上の価値がない。ヴァンからすれば、拷問でもして私に知っている情報を吐かせる方が楽なはずだ。ここで拒否してルークたちの方に行かれたらそれもそれで困るだろうし。だけど、拷問したところで私が本当のことを話すとも限らないのだから(嘘を吐かれても、それが嘘か真実かヴァンに判断する方法はない)、殺すメリットもないはず。
ヴァンはしばらく考えるような素振りをして――それから、立ち上がると私に手を差し出した。それがどんな意味を擁しているか知らない人はあんまりいないだろう。
「神託の盾騎士団へようこそ、。君の活躍に期待しよう」
「あ……ありがとう、ございます……」
「とは言え、私の計画に携わっているのはシンクだけではない。突然部外者だった君に行動を共にしてもらうとなると、良く思わない面々もいるだろう。そこで、私から一つ課題を出させてもらいたいが、構わないかな?」
「は、はい。それが必要なことだというのなら……」
ヴァンはニヤリと笑うと、嘘っぽい笑顔を浮かべる。この笑顔にルークは七年も騙されてきたのだと思うとちょっと寒気がした。全部知ってる私にはそう見えるけど、何も知らなかったらきっと「面倒見のいい騎士団総長」にしか見えないんだろうな。
「君は既に存じているだろうが、六神将という私の部下がいる。彼らに直接会って、共に行動することを認めてもらってきて欲しい。君からすれば、同じ説明をあと五度もするのは面倒なことかもしれないが……私の命令として『こういう事情があるから、が共に行動することを認めた』と説明するのではなく、君自身の言葉で彼らを納得させてくることで、君の『実力』を判断する形とさせてもらおう。全員に認められれば、正式に神託の盾騎士団への所属を認める」
「……解りました」
あと五人の六神将――ディスト、ラルゴ、リグレット、アリエッタ、そしてアッシュ。みんな結構頭は固いし、事情を説明しただけではいそうですかと認めてくれなさそうな面々が揃っている。特にアッシュなんて、事情が事情だから難しそうな気がするけど……まあ、やるしかないか!
「皆さんは騎士団内にいらっしゃるんですよね?」
「ああ、ちょうど揃っているはずだ。……そうだ、シンク。おまえはに付き添ってやりなさい」
「ハァ? 何でボクが……」
「はこの時間、どこに誰がいるかは知らないようだからな。それに、おまえもまだ完全に納得したわけではないのだろう? 彼女がリグレットたちと話す姿を見て、おまえ自身の考えを決めればいい」
「……チッ。解ったよ、案内すればいいんだろ、案内すれば。ほら行くよ、」
「あ……うん! すみませんヴァン総長、また後ほど伺います!」
「いってらっしゃい」
やっぱり笑みを崩さずに告げられたけど、どうにも不安になる「いってらっしゃい」だった。
ともあれ、最初の……いや、二番目の難関はクリアだ。六神将のみんなは一癖も二癖もあるけど、ヴァンと比べれば誰だってマシじゃないかと思う。後はどう口説き落とすかだけど、こればっかりは知識総動員で頑張るっきゃない!
2025.12.15 柿村こけら
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