祈りは永遠に。

05:対話

「あの……シンク、ありがとね。付き添ってくれて……」
「別に、命令だから仕方なくだし。言っておくけどボクはあくまで案内だから、頼ったりしてこないでよね。で、最初はどこに行きたいワケ?」
「えっと、迷ったけど……ディストがいいかなって。音素のことについて教えてもらいたいこともあるし……」
 イオンを助けるまでの道中でアニスに色々と譜術のことは教えてもらったが、まだ自分がどこまで譜術を扱うことができるのかしっかり把握できていない。ディストならその辺詳しそうだし、私が今後戦っていくに当たって必要なことを教えてくれそうだと思ったのだ。
 あとはシンプルに、「異世界から来た人間」なんて面白い存在にディストが食いつかないわけないだろーという甘い考えもあったりして。てへ。
 シンクは「あの変人から?」みたいな顔をしていた(仮面でほとんど見えないけど、口元だけでも意外と感情って解るものなんだな……)けど、自分はあくまで案内役だと割り切っているからか、何も言わずに先導してくれた。ディストの部屋は騎士団の奥まったところにあり、まだドアの前だってのに明らかに雰囲気が違っている。周囲に人気(ひとけ)もないし……知ってはいたけど、結構ガチ目に他の団員から避けられているらしかった。そらアニスが声をかけただけで即デレしてトクナガ改造してくれるはずだ。
「死神。ボクだけど、いる?」
 ノックの後にシンクがそう告げる――瞬間、ドアが勢いよくバンッ!と開いて、中から空飛ぶ椅子が飛び出してきた。長い足を牽制するかのように組み替えて、椅子に座っていたその人は金切り声を上げる。
「誰が死神ですか、誰がッ! 私は薔薇! 六神将・薔薇のディストだと何度言ったら解るのですかッ!」
「死神は死神だろ。それより、用事があって来たんだけど。入れてよ」
「キィイィィ〜ッ! なんて勝手な振る舞い……このことは復讐日記に書き留めさせていただきま……って、んん? ちょっとシンク! 何ですか、この娘は!」
「あ……ど、どうもぉ……」
 あまりにも原液すぎるディストを浴びてちょっと萎縮してしまった。圧も勢いも強すぎる。ディストはメガネをカチャリと上げ、シンクの後ろにいた私をジロジロと見た。
「ヴァンの命令でね、この女をボクらの『計画』に同行させるか六神将に確認を取ってるところなんだ。ボクはただの監視役。というワケで後は本人が話すから、ハイ」
「えっと、その、といいます。『薔薇のディスト』さんにご挨拶と、あと譜術のことについてご説明をしていただきたくぅ……」
 ディストの専門が譜業だということは解っているが、知識量なら随一だ。これ以上勉強させてもらうに相応しい相手はいないはず――そう考えて、私はとにかく下手したてに出ることにした。軽いジャブとして「薔薇のディスト」なんて呼んでみる。すると……
「今……今! 貴方ッ、私のことを『薔薇』と呼びましたねッ!?」
「は、はい! そうだと伺ってますので!」
 大嘘である。
 横でシンクが「嘘吐け」という雰囲気を纏ってこちらを見ているのがひしひしと伝わってきた。でも私もディストを懐柔しないといけない身なので、そのためなら何だってしてやるつもりなのだ!
 大層機嫌を良くしたディストは、そのまま私たちを部屋の中に通してくれた。薔薇の香りがするお茶を淹れてもらい、私は早速ことの経緯を全て話す。予想通り彼は「異世界から来た」ということにひどく興味を抱いたようで、ジェイドやヴァンと違って前のめりになって私の話を聞いてくれたのでとても助かった。
「……というわけで、皆さんにご一緒させていただきたく。それに私自身、自分のことは詳しくなくて……良ければディストさんに調べてもらったり、教えてもらったりできればとも思っているんです」
「ふむ……そうですか、そうですか。オールドラントと異なる惑星があるということは驚きませんが、そこからやって来た人間がどうこの世界に適応しているのかには科学者としてたいへん興味を抱いています。それに、譜術を学びもせずに使えたというのも気になりますね。早速ですが簡易検査をさせていただけますか?」
「は、はい」
「少し血をいただきますよ」
 ディストはどこからか取り出した注射器を私の腕に当て、血を抜いた。てっきりルークが寝かされてたみたいな大掛かりな譜業で検査するのではと思っていたのだがそうでもないらしい。……あれはコーラル城にしかないものだったのかな?
 採取した血を譜業にセットする。やがてプリンターっぽい部分から紙が吐き出され、ディストはなるほどなるほどと言いながらそこに印刷された数値を確認した。
「細かいことは精密検査をしてみないと解りませんが、ひとまずあなたの『音素に対する適性』が解りましたよ」
「それって、自分が第何音素の譜術を使えるかっていう……?」
「ええ。知っているのであれば話は早いですね。人によって扱える音素は異なりますが、良し悪しはあれど訓練すれば大抵の音素は扱えるようになります。しかし、癒しの力に換えることもできる第七音素セブンスフォニムは、特に適性を持つ者が限られている。ですが驚いたことに、あなたには第七音素含めた全ての音素にそれなりの適性がおありのようです」
「ハァ? コイツが?」
 流石にこれには触れずにいられなかったのか、出された紅茶も飲まずに静観していたシンクが会話に入ってくる。確か、第七音素は生まれ持った適性がないと扱うことができなくて、ジェイドのようにどれだけ才能がある人でもどうにもならないんだよね。そしてジェイドは稀有な例で、普通の人だとどうしても扱える音素に差が出てしまうはず。
「パラメーターがそう示しているのですよ。もちろん、普通の譜術士と同じように全てが同じ値とまではいかず、第六音素シックスフォニムと第七音素が比較的上手く扱えるようですが。とは言え、実戦で扱うには十分過ぎる程でしょう。譜術自体も非常に強大なものを展開できそうですから」
「私に、そんな力が……」
「まあ、他の惑星から訪れたということで色々と我々オールドラントに生まれ育った者とは異なる点があるのでしょうね。この血は他の検査にも回させていただきますので、また何か解りましたらご報告して差し上げましょう」
「あ……ありがとうございます、ディストさん」
「ディストで構いません。これから共に戦う『戦友』となるのでしょう?」
 フフッ……とキメ笑顔でディストは言った。
 原作では滅多に見られなかった真面目科学者っぽいセリフが全部無に帰すような、そんなキメ顔だった。これにはシンクも「うわぁ」という顔を(見えないが)している。アニス外伝読んだときも思ったけど、ディストってそういうクサい感じのヤツ好きだよね。まあ、ピオニーたちと一緒にいた頃から変わらず純粋ではある、というコトなのかもしれないけれど。


 ディストの承認を得た私は、続いてラルゴのところに向かうことにした。
 この時間、ラルゴは自室ではなく訓練場で兵士たちに訓練を付けているらしい。シンクに先導され、ゲームではあまり通っていない場所を抜けて訓練場へと進む。だんだんと剣戟らしき音が聞こえてきて、扉をくぐる頃には勢いよく戦う金属音が耳朶を打った。広い訓練場では、多くの兵士たちが模擬戦をしている。そして、そんな兵士たちの間を歩いて様子を見、たまに助言をしているのがラルゴだ。
 正直、ラルゴはヴァンがいいと決めたことならあまり反論しないんじゃないかな、というイメージがある。私が大した戦闘力を持たない小娘なので、戦線に置きたくない……という形で反対される可能性はあるかもしれないが。でもその点はさっきディストに音素との相性について聞いてきたし、これならあくまで後衛であれば戦場に着いていっても何とかなるとは言い張れるはずだ。
「ていうか、来たはいいけど思いっ切り仕事中だよね? 声かけちゃ悪いんじゃ……」
「アンタの話を聞くのも仕事のうちみたいなものでしょ。実際、ヴァンの意向ではあるんだしさ。……ラルゴ!」
 シンクの声に周りの兵士たちが一瞬腕を止める。ラルゴはこちらに気付いた後「全体、練習続け!」とだけ言って近付いてきてくれた。彼もまた、ヴァンやディストと同じようにシンクの隣にいる私を見て怪訝な顔をする。
 というわけで事情説明タイム。
 ラルゴは黙って私の話を聞いていた。少し驚いた素振りも見せはしたものの、基本的にはヴァン以上に堂々としているような感じだ。この分だと、ディストに補強してもらった件まで言及する必要はないかもしれない。
「正直、ラルゴさんにとって明確なメリットに成れるかは解りません。でも、ラルゴさんの邪魔はしないですし、望むことがあればお手伝いもします。……あ、ごめんシンク。ちょっと席外してもらってもいいかな」
「……ハイハイ、ごゆっくりどうぞ」
 シンクはこくりと頷くと、ラルゴがさっきまでしていたように兵士たちの間を歩き始めた。急に参謀総長に訓練を見られる羽目になった兵士の皆さん、マジでごめん。ラルゴとは違った意味で厳しいよね絶対。
 閑話休題。
 私はラルゴに向き直り、シンクの前では話せなかったそれを口にする。
「もちろん、メリルさんのことだって協力します」
「……フッ。『全てを知っている』というのことが、嘘ではない証左のつもりか」
「まあ……そうですね。ただ、脅しに使うとか、そういうことは考えてないです。ただ私は……ラルゴさんが本当は彼女のことをどう思っているのか知りたいだけなのかも。そればかりは、あなたに直接尋ねないと知り得ないことかもしれないから」
「俺の娘は……あの日亡くなった。それだけさ」
「……」
「だが、それはそれとしておまえに覚悟があることはよく伝わった。いいさ、やってみるといい。……とは言え、どうにも軟弱な身体をしているように見える。目的を遂行するためには体力や筋力が必要だ。すぐにとは言わないが、おまえも鍛えるべきだな。鍛え方が解らぬのであれば、俺が見てやっても構わない」
 ちょっとだけ優しい目をした気がしたのは、私がメリルと……ナタリアと同じくらいの年頃だからだろうか。
 何気ない気遣いがとても嬉しい。改めてお辞儀をすると、ラルゴは「いつでも来い」と言ってシンクのいる方へ向かってしまった。……心なしか、シンクの近くにいた兵士たちが疲弊しているような気がする。剣戟の音もあって聞こえなかったけど、なんかすごい指導をされていたのではあるまいな。
「話、終わったの」
「うん。ラルゴさんもクリア……でいいと思う、きっと」
「あっそ。後三人だけど……隣の練習場をリグレットが使ってるみたい。誰でもいいなら、先に行っちゃえば?」
「そうなんだ。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
 正直なところ、後は誰から行っても良さそうだなと思っていたので好都合だった。ディストとラルゴが許可してくれたことを混ぜ込めば、リグレットの警戒もちょっと緩みそうだったし。アリエッタは多分、そういうのあんまり気にしないだろうし。アッシュは……うーん。正直どのタイミングで行っても文句言われそうなので何ともって感じで。
「お邪魔しました!」
 最後に一礼して、私は練習場を出る。扉を閉める直前、ラルゴが少しだけ私を見て微笑んだような気がしたけど……流石に都合が良過ぎるから、気のせいだよね?



2025.12.15 柿村こけら



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