祈りは永遠に。
06:協力
「リグレットに声をかける前に、どうしてもシンクにお願いしたいことがあるんですけど……」
「……何。言っておくけど、ボクはただの監視。期待しない方がいいんじゃない?」
「それはそう! なんだけど……えっと、リグレットはきっと、私に戦場に立つ実力があるかどうかを気にするんじゃないかって思うの。だから……リグレットに模擬戦というか、戦うところを見てもらいたくて。でも今の私じゃ譜術は使えても、リグレットの銃撃を避けられない。だから、えっと……シンクには『一緒に戦っていると仮定したときの動き』をしてもらえると嬉しいんだけど……」
「つまり、ボクに弾避けになってもらいたいワケだ」
「あー……そ、そうとも、言います、ね……」
私が認められるという「課題」においてシンクにこんな風に頼るのはズルいことだと理解はしている。でも、現実的に考えて譜術士が一人で戦場に立つことは基本有り得ないし(孤立した場合は除くが)、実戦を想定した訓練での実力を見せる、という形にするのなら条件を揃える必要がある。
「こ、攻撃はしなくても大丈夫! ただ立ち回りというか、譜術士が戦場に立っている状態を再現できれば……」
「……」
「ご、ごめんね。私、自分勝手で……やっぱり、リグレットには他のアプローチ考えてみる! だからシンクは見てて!」
仮面をしていてもなんとなく表情は解る。うぅ、いくら私が情報源としては使える駒だったとしても、こんな風に頼ってきたら気分良くないよね。
……うん、仕方ない。気分を切り替えて、リグレットには真面目に私のやりたいことを話す方向でいこうかな。リグレットの行動指針は解ってる。私が彼女の邪魔をしないこと、私がいることでヴァンのやりたいこともスムーズに動くはずだということを伝えれば、きっと何とかなる。もちろん最終的にヴァンの目的は阻止するけど、オールドラントを救う以上ヴァンと同じ方向に歩んでいくこと自体は間違ってない。
例えば私がこの世界を訪れるタイミングが、被験者イオン様がいるときだったらアプローチはまた違ったはずだ。イオン様の死という、預言に定められた事象を逸らす……とか。でもそうしたらシンクは生まれてこないし……いや、いやいや。どれだけ考えたって意味はない。私がいるのは「今」で、アクゼリュスはもう崩落した。だったら私にできるのは、一人でも多く死なせずに外殻大地の降下に向けて動き回ること。
「失礼しまーす……!」
隣の訓練場に入る……が、そこにはラルゴのときのように兵士さんたちの姿はなかった。演習はもう終わってしまったところなのかもしれない。訓練場の中心にはリグレットと――端っこに、魔物と並んだ少女が座っている。それが誰かなんて明白だ。
「リグレット、それとアリエッタも……」
「誰? シンクと一緒ということは、部外者ではないだろうが……」
「初めまして。私は……」
なんとなくリグレット相手なら私自身がキッチリ説明した方が効果あるかも、なんて思って、一歩前に進み出て経緯をざっくり説明する。腕組みをして私の話を聞いてくれるリグレットの後ろでは、アリエッタがライガの子の頭を撫でながら怪訝な視線をこちらへ向けていた。
リグレット以上にアリエッタの行動は解らない。下手に被験者イオンの話を出すのも悪手な気がする。アニスに対しての感情に同調したところで、野生育ちで気まぐれな彼女がそれをどう取るかは予想できないというのもあった。
「……というわけで、今は六神将の皆さんのところを回ってるんです。私には目的があって……そのためには、ヴァン総長や六神将の皆さんと一緒に行動するのが、一番お互いの利益になると思ったから」
「なるほど……話は解った。閣下だけでなく、ディストやラルゴも認めたというならあなたの言うことは本当なのでしょう。証拠がなくては彼らが信じるとは思わないし、それなら私も認めざるを得ない」
「……!」
「でも、そうね……あなたの『情報』が私たちの役に立つというなら、あなたはそれだけでいい。極端な話、他の勢力に情報を抜かれてしまわないよう、本部に監禁した方が我々にとっては好都合だ」
「それは……そう、ですけど。でも私は皆さんとできるだけ一緒に行動したい。預言は既に壊れつつある……何が起きるか解らなくなった以上、私は常に最新の状況を自分の力で把握して、最適な『情報』を引き出せるようにしたいんです」
「……一理あるわね。でも、」
ガチャリと音がして、リグレットの手が腰から銃を引き抜いた。大きな銃の先端が私の額に当てられる。いくら一度死んだ身で、ここに来るまで魔物や兵士と戦ってきたといっても、こんな風に銃口を突き付けられればぶわりと恐ろしさが全身を駆け巡った。リグレットが引き金を引くだけで私は死ぬ。きっと、今度は「もう一度」がない。
「こんな風に殺されかけたら、あなたはどうする? 命乞いのために情報を他人へ渡すと可能性もあるだろう?」
「……そうならないよう、戦います」
「なら見せてみなさい。私たちを納得させられるだけの力があなたにあるか、今ここで。……そうね。アリエッタ!」
不意に名前を呼ばれて、アリエッタの視線がリグレットの方に向けられる。面倒そうに立ち上がった彼女は、ライガを連れてリグレットの隣へトコトコ歩いてきた。私より歳上のはずだけど、こうやって見るとアニスよりも小さくさえ感じられる。
「私とアリエッタであなたと戦うわ。そちらはシンクと組みなさい」
「ハァ!? どうしてボクまで……」
「付き添いなのだろう? それに、おまえも彼女の実力はまだ見ていない。 なら、ここで『一緒に戦うときに思った通りに動いてもらえるか』くらい見ておくといいわ」
「……チッ」
何を言ってもリグレットの意見を覆すことはできないと判断したのか、シンクは舌打ちを一つ零して私の前に進み出た。奇しくも結果的には私が望んだよりいい構図になっている。こうして現実的な状況を作り出すのも、やっぱりリグレットが「教官」であるが故なんだろうか。
「アリエッタ、あなたは自由に戦って構わない。でも、あの子やシンクを殺すことはしないように」
「……解った、です」
アリエッタはこくりと頷き、ぬいぐるみを抱き締めたまま器用にライガの背に跨った。二人がどんな戦い方をするかは散々プレイして知っているつもりだけど、ゲームの中と現実とじゃわけが違う。ましてや私は戦闘初心者。ティアやアニスに色々教えてはもらったが、いきなり六神将と対峙してマトモに動けるわけがない。
「シ、シンク。巻き込んじゃってごめんね……とりあえず、リグレットの方は任せていい?」
「まあ、それが妥当だろうね。アンタは完全に後衛だろ? あんまり期待はしないけど、譜術で仕留めてくれればそれでいい」
「うん……できるだけ、アリエッタが譜術を発動する前に止められるよう動くね」
「ま、殺されはしないだろうから精々頑張りなよ」
正直、シンクにとっては私が負けてくれた方が都合がいいんじゃないかと思う。彼が求めているのは私の情報だけ。だったら、リグレットの言う通りここに監禁して情報だけを拾う方が扱いやすい。そうすればシンクの「秘密」だって、外に漏れるリスクは低くなる。
でも「そうですね」と受け入れられる私ではなかった。多少の自由を確保しておかなくては、助けられない人が出てきてしまう。それは六神将やヴァンだけじゃない。この物語には、犠牲になって欲しくない人がたくさんいる。
「私かアリエッタ、どちらかに『あなたが』膝を付かせれば勝ち。あの時計の針が一目盛り分動いたらおしまい。いいな?」
「大丈夫です。――よろしくお願いします!」
時計の秒針が天辺を指した瞬間、リグレットの銃口が私に向けられる。しかしそれを制するようにシンクが彼女の懐に飛び込んでいった。仕方なくとは言え、何もせず負けるのは彼も嫌なのだろう。だったら私も、ちゃんとやらないと!
音素を収束。アニスたちに教えてもらったことをしっかり思い返しながら、私はアリエッタの詠唱を崩すべく簡単な譜術を速攻で撃ち出した。
「光よ弾けて! フォトン!」
詠唱を唱えながら音素を掴み取るような感覚があった。アニスに言われた通りにイメージを固めると、アリエッタとライガのところで第六音素が爆ぜる。
「っ……」
ぎゅ、と彼女はぬいぐるみを抱え直した。ライガの上から私を睨んだ次の瞬間、ライガは私に向かって真っ直ぐに突進してくる。アリエッタの厄介な点は機動力が高いことだ。大抵の譜術士は動きながら譜術を発動させることができないが、ライガに乗って移動できるアリエッタは距離を詰めながら詠唱ができる。
ちらりと横目でシンクの方を確認した。本人はあまりやる気ではないようだったが、リグレットの射線はしっかり切ってくれているようだ。だったら私もやれることをやらないと!
「ガウウウウウ!」
「……大丈夫、大丈夫」
走って逃げたところで、ライガの方が速い以上私はすぐに捕まってしまう。だったら、と覚悟を決めて、今度は第五音素を手のひらに集めた。アニスやティアのように体力があるわけではないけれど、私の動き方を知らないアリエッタ相手なら一度くらいはイケるはず。うん、イケるイケる――と、何度も聞いてきた声を脳内再生しながら拳を突き上げた。
「燃えろ――空破爆炎弾!」
「きゃっ!?」
短い詠唱を目印にするように音素を集めてすぐ、炎を纏った右手がライガの顎の下を撃ち抜いた。まさかこんなカウンターが待っているとも思わず、抵抗なんてできるわけもなかったライガがその場に転がる。アリエッタは勢いよくライガの背から落ち、立ててはいるものの詠唱を中断せざるを得なかった。その隙に私は彼女と距離を取り、再び自分と相性がいいという第六音素を収束させた。
「聖なる雨よ、降り注げ!」
今度は頭上で光が弾ける。雨粒のように小さな塊になった第六音素をアリエッタは避けられない。痛いかもしれない、と思いはしたものの、手加減のやり方が解らないので私は詠唱を完了してそれを発動せざるを得なかった。
「ホーリィレイン!」
光はそのまま地面のアリエッタ目がけて降り注いだ。眩い雫はライガにも飛んで、キャウウウン!とライガが鳴き声を上げる。フィールドの奥からはリグレットの発砲音がしていた。しかしシンクは鮮やかな身のこなしで銃弾を避け、空中でぐるりと身体を捩る。リグレットの背後に着地した彼は、素早く掌底を叩き込んだ。
「くっ……! なら!」
「っ!」
リグレットは片方の銃の先をシンクから逸らした。その先にいるのは当然、私。放たれる弾はライガと同じくらい速い上に連射だ。一発目を避けられても、二発目が当たったら意味がない。なら……!
「堅牢なる守りを……バリアー!」
前面に光の壁を張れば、飛んできた弾丸がカツンと弾かれる。けれど元はと言えば防御力を上げる譜術に過ぎないため長くは続かず、盾は融けて消えてしまった。アリエッタはまだライガを起こしたところ。ギリギリもう一発くらい何か発動できれば……そう考え、私は第四音素を収束する。
「凍土の果てに……」
「させない!」
「ひぎゃっ!?」
飛んできた弾が私の足元を穿つ。器用に私とシンクそれぞれに照準を合わせ、リグレットは次々に引き金を引いた。それがしっかりそれぞれに命中する位置に飛んでくるのだから、教官なだけある。この人に認められるような立ち回りなんて、今の私には難し過ぎだ!
でも、だからと言って諦めるわけにはいかない。必死に思考を巡らせて、次にどう動けばいいかを考える。
「ライガ……潰しちゃえ……!」
「っ!」
考える間は与えられなかった。アリエッタの乗ったライガが大きくジャンプして私に飛びかかる。あ、ダメだ。サイズ感が圧倒的に違う。こんなに大きな獣を前にしてしまっては、私だって何もできない。さっきみたいに不意の一撃は効きそうにないし。
せめてバリアーを張り直そう、そう考えて音素の収束に入った、次の瞬間。
「う、わわっ!?」
「うるさい」
急に私の身体が浮いた。思わぬ高さにビビってから、シンクが私を抱えていることに気付く。どうやらライガの下から救い出してくれたみたいだった。
「え、な、なんで……」
「……アンタが潰されたらボクの監督責任になるだろ。それよりおまえ、上級譜術は使える?」
「えっと、たぶん。感覚は掴めてきたから、詠唱さえできれば……」
「ならこのまま詠唱して。ボクがアンタを抱えたまま戦ってあげる。面倒だから、一撃で仕留めてよ」
言いながらシンクは壁を蹴って更に高いところに跳んだ。直後、リグレットの弾がさっき蹴ったばかりの壁を抉る。アリエッタがライガの上で詠唱してるみたいにできれば、二人の機動力を気にせず高位の譜術を放つことができそうだ。
私の一番得意な光属性の中で、とにかく強いものをイメージする。答えはすぐに出て、私はシンクに身体を預けたまま第六音素を掴み取った。
「黎明へと導く破邪の煌めきよ……」
ポウ……と光が指先に灯り始める。シンクはその輝きに動きを乱すこともなく、私を抱えた状態でリグレットに蹴りかかった。がくんと身体が揺れたけど、反撃を任せてくれたシンクの期待に応えるべく、私は音素の集まる感覚に集中する。
「我が声に耳を傾けたまえ……」
「邪魔……ですっ!」
ライガの咆哮と共に、今度はアリエッタが譜術を発動した。第一音素の塊がごうと音を立てて私たちに襲いかかる。シンクは舌打ちをすると空中で一回転し、フィールドの端に着地した。
「聖なる祈り、永久に紡がれん――光あれ!」
着地と同時に、私は集めた音素を爆発させる。アリエッタがネガティブゲイトを発動させるために前まで出てきてくれたのが功を奏し、光の束はちょうどリグレットとアリエッタ二人を狙える中間地点から突き出した。
「――グランドクロス!」
「きゃああああっ!」
「くっ……!」
訓練場を覆うほどの光が溢れ出す。私も思わずぎゅっと目を瞑ってしまった。仮面を付けてるシンクだけが目を開いたままでいられたかもしれないと思うほどの眩しさに、ちょっとだけ頭がクラクラする。
地面から突き出した巨大な十字架は、ライガの身体を再び吹き飛ばすのには十分だった。光が消えると、ライガとアリエッタが地面に倒れているのが見える。リグレットも立ってはいるものの、今の一撃がかなり堪えようだった。
シンクの手が私から離れる。私の身体をどさっと地面に雑に放ってすぐ、シンクは距離を詰めるとリグレットへ容赦なく回し蹴りを二発叩き込んだ。かろうじて存在していた反撃の余裕は、シンクの蹴りによって完全に消え失せる。膝を付いたリグレットの手から、譜業銃がゴトリと落ちた。……ん?
――私かアリエッタ、どちらかに『あなたが』膝を付かせれば勝ち。
「ちょまっ……シンク、ストップストップ!」
「ハァ?」
「シンクがトドメ刺してるじゃん! というかっ、アリエッタが倒れた時点でおしまいじゃ……」
「……そういえばそんな条件だったっけ」
つまらなさそうにシンクは踵を返すと、もう用は済んだとばかりに壁の方へ歩いていってしまった。
「えっと、リグレットさん……その、今私結構シンクの力を借りちゃったなあと思ってるんですけど……これは、どうですかね……?」
「……過程はどうあれ、アリエッタは倒れた。私がシンクにやられたのも、元を正せばあなたの譜術が原因となる。確かにシンクの手助けがなければ負けていただろうが、これは協力して戦うのが目的……あなたは、きちんとあなたの役目を果たしたと言えるわね」
リグレットの口調が少しだけ柔らかくなる。それから彼女は服に付いた埃を払うと、さっきまで銃を握っていた手を私に差し出した。
「あなたの実力を認めましょう、。私のことはリグレットでいいし、敬語も要らないわ。……ああでも、譜術の威力の割に戦法がなってない。このまま実戦への投入は厳しいから、訓練の必要がありそうね」
「が、頑張ります……!」
差し出した手を握り返す。リグレットは私にニコリと微笑み、それから背後で倒れたままのアリエッタを振り返った。起き上がるのが面倒とばかりに倒れたままの少女を心配してか、一緒にいたライガが擦り寄って頬をベロベロ舐めている。普通ならこんな風に魔獣が人間に懐くことはないはずなのだが、アリエッタは育った環境もあって同族として認められているようだ。
「アリエッタ。あなたはどうするの?」
「別に……アリエッタは、どうでもいい。総長とリグレットがいいって言ったなら……いいよ。でも弱いなら、いらない。アリエッタは、アリエッタがイオン様のところに行く邪魔をしないなら気にしないもん。……行こ」
「グルルゥ……」
アリエッタは冷たい視線を私に向けてから起き上がると、ライガの下顎を軽く撫でてから去ってしまった。シンク以上に私に興味がない、って感じだ。まあでも、形式上とは言え認めてもらえたわけだから、後は改めてアリエッタからの信頼を勝ち取れるよう頑張っていくしかない。
「あなたのことについてはまた改めて聞かせてもらうわ。申し訳ないけどこの後、師団の会議が入っていて……それじゃあね」
「あ、待って!」
去っていこうとしたリグレットを呼び止めると、私は第七音素を収束させた。ダアトに向かうまでの道すがら、ティアから治癒術の基礎は教えてもらっている。シンクの蹴りが残した傷跡に手を当てると、私はそこに向かって第七音素を注ぎ込んだ。
「癒しの恵みよ……ファーストエイド」
「っ……あなた、第七音譜術士だったのね」
「うん。まだ、基礎しか勉強できてないけど……いろいろ見てくれてありがとう、リグレット」
「どういたしまして。こちらこそ治療をありがとう。では、また」
治った傷跡を軽く摩って、今度こそリグレットは部屋を出ていく。私も一呼吸置いてから、壁に背を預けているシンクのところへ向かった。シンクは腕を組んだまま私の方に視線を向けると、やれやれとばかりに背を壁から離す。
「シンクもありがとう、一緒に戦ってくれて」
「別に、リグレットに言われただけだから。それより次で最後でしょ? 師団長室にでもいるだろうから、さっさと済ませてくれる」
シンクは私に背を向け、さっさと廊下を歩き出してしまった。相変わらずゲームに出てきていないところのマップは頭に入っていない私なので、揺れるオレンジのリボンと輪っかを追いかけて走り出す。途中、兵士とすれ違う度に皆さんシンクに敬礼をするものだからちょっと緊張してしまった。シンクの方はそれが当然とばかりに、何の反応も返さず進んでいくし。
2025.12.15 柿村こけら
Prev / Back / Next