祈りは永遠に。

07:鮮血

 アッシュの執務室に辿り着くと、今までと同じようにシンクがノックをして声をかけてくれる。すぐにアッシュの声がして、ガチャリとドアが開いた。
「何だ、ヴァンから呼び出しか?」
「まあ、ヴァン案件ってのは間違ってないかもね。用があるのはボクじゃなくてこの女だけど」
「はあ?」
 じろり、とアッシュの鋭い視線が私に向けられる。威圧感だけで言えば今まで会ってきた誰よりも強いかもしれない。怒りを孕んだ瞳の意味を知っている身としては、そうなるのも当然という感じではあるけれど。
「初めまして。実は――」
 以下省略。
 もうすっかり慣れた説明をしている間、意外にもアッシュは口を挟むことはしなかった。その代わりとでも言うように、最後の最後で特大の舌打ちが落ちてくる。
「じゃあ何だ? おまえは預言のことを全部知ってて、ヴァンの手伝いをするっつーのか」
「まあ、そういうことにはなりますけど……」
「バカか? それだけの情報を持っていて、どうして自ら死地に向かいたがる? どう立ち回れば生き延びられるか解っているというのなら、大人しくしてりゃあいいじゃねぇか」
「……」
 どうして、の答えを出すのは簡単だ。
 だって私はみんなを救いたい。私にはそれくらいしかやることがない。極端な話、この世界で生きていくくらいならできるかもしれないけど……それじゃ、私が死んだ後ここに来られた意味がなくなってしまう。
 それを踏まえた上で、「アッシュ」に返すなら……そうだな、あれしかない。
「居場所がないからですよ」
「っ!」
「異なる惑星からやって来た私には、頼るべき人間も、愛してくれる家族もいない。戻る場所がないっていうなら、進むしかない。……アッシュさんはそういうとき、どうしました?」
「……この、屑ッ……!」
「少なくともヴァン総長は私を使えると判断しました。だから、私はここでなら息ができる。生きていける。あなたと同じように」
 アッシュがルークであるということは、恐らく六神将内で知らない者はいないはずだ。だから後ろでシンクがケラケラと嫌味ったらしく笑っている。一本取られたね、とでも言うみたいに。
「まあ、そういうことです。アッシュさんがそうしたのと同じように、私はここでやるべきことをする。それに、私の『目的』は、絶対に皆さんのためになると思いますよ」
 実際のところ、彼らが本当に生きたいと思ったかどうかは解らない。シンクなんてその最たる例だ。でも、私のエゴでしかないとしても、私は彼らに生きていて欲しかった。
 ルークやイオンは生きていて欲しいし。
 ヴァンは復讐に囚われず、ティアやリグレットと栄光を掴んで欲しいし。
 ディストはジェイドと仲直りをして欲しいし。
 ラルゴはナタリアと家族として会えるようになって欲しいし。
 リグレットはヴァンと一緒に弟さんの弔いをして欲しいし。
 アリエッタは被験者イオンのことを知って欲しいし。
 アッシュはナタリアと国を変えて欲しいし。
 そして――シンクは、空っぽじゃなくなって欲しい。
 それが私のエゴ。私の考える「救い」は、これしかない。もちろん、いちプレイヤーとしては彼らの死が物語を彩ったと理解はしているし、そこがアビスのいいところだとも思っている。けれど、こうしてこの世界が現実になった以上、誰かの犠牲の上で成り立つ平和を良しと捉えることはできなかった。
「私は覚悟をしている。できればアッシュさんには、この覚悟を見ていて欲しい」
「……チッ。面倒な女連れて来やがって」
「ボクじゃない。コイツが勝手に来たんだよ」
「どうだっていい、屑が。俺は世話なんざしねぇ……目的とやらを好き勝手目指せばいい。別に、助けてやる義理もねぇしな。これで十分なら、さっさと出てけ。書類が溜まってンだよ」
「命令違反でアクゼリュス行って、ユリアシティ滞在して、しばらくナタリアたちと一緒でしたもんね?」
「……今ここで殺してやろうか?」
「あはは、退散します退散します。……ありがとう、アッシュさん」
 ぺこりとお辞儀をして、私はシンクと一緒に部屋を出る。ドアを閉めた後に盛大な台パンが聞こえてきた。……机割れてたりしない?と思うほどの大きさだった。
 無事五人のところを回り切り、来た道を引き返す。ヴァンの部屋に戻れば、彼は私がこの結果を掴んで帰ってくるのを待っていたかのように微笑んだ。
「ディスト、ラルゴ、リグレット、アリエッタ、アッシュ――五人には、許可を頂いてきました」
「ほう。思ったよりスムーズにやれたようだな。……それで、シンク? おまえは間近で彼女のことを見ていただろう。それを踏まえて、の神託の盾騎士団入団を認めるか?」
「……いいんじゃないの。コイツの持つ情報には価値があるし、リグレットの見立て通り譜術の威力だけならかなりの力だ。元々、アンタがいいって言うならボクに文句を言う権利はないしね」
「そうか」
 くつくつとヴァンは笑う。やっぱり、何か裏がありそうな笑顔だった。意図的にそういう自分を演出しているのか、それとも私が「知っている」からそう見えてしまうのかは定かではないけれど。
 全部知っているからと気を抜くわけにはいかなさそうだ。ヴァンがいつ隙を突いてくるか解ったもんじゃないし。ここに所属させてもらうにしろ、アドバンテージだけは取れるよう常に注意しておかないと。
「では、。総長ヴァン・グランツの名の下に、神託の盾騎士団への入団を認めよう」
「ありがとうございます、ヴァン総長」
「なに、堅苦しくなる必要はないさ。それから急で申し訳ないが、おまえには第五師団の副師団長を任ずる」
「ハアッ!?」
 私より先に驚いたのはシンクだった。今日イチと言っても過言ではない声に、流石の私もびっくりする。シンクってそんな声出せたんだって感じで。
「な、なんでコイツに……」
「おまえのところだけ、素性の露見を気にして副師団長を置いていなかっただろう。だがならおまえが誰なのかを把握している。それに、彼女の持つ情報は貴重なものだ。『参謀総長』であるおまえの近くに置き、監視するのが最善策だとは思わないか?」
「だからって……」
「これは総長直々の辞令だ。そういうわけだから、おまえの部屋はシンクの隣に用意させる。ああ、それからいつまでもその服では目立つ。後でリグレットに適当な団服を頼んでおく」
 至れり尽くせりだった。
 ヴァンとしても、私という都合のいい駒を手放したくはないからだろう。ルークのこともこうやって懐柔したのかなあ……と思いつつも、申し出自体はありがたいので素直に受けることにした。隣のシンクは仮面越しでも解るくらいメチャメチャ不機嫌そうだったけど。
 ヴァンが「部屋の案内をしてやりなさい」と命令をしたことでシンクの機嫌は更に悪くなったように思う。とは言え上司からの命令には逆らえないようで、シンクはしぶしぶ私を第五師団の師団長室に連れてきてくれた。フォニック文字で「師団長・参謀総長」と書かれたプレートが置かれた席がシンクの執務机のようだ。机の上には様々な書類と筆記用具が置かれているが、その横にある副師団長の机は綺麗なもので、今は誰も使っていないことが見て取れる。
「机はそれ。第五師団の奴らには……まあ、早い方がいいか。いきなり外部から副師団長が来たってことで反感持つ奴もいるだろうけど、ヴァンの命令って説明するから余計なことは言うなよ。仕事は……こういう書類が届くから、内容の確認。主に軍備の申請とか、戦場の情報とかが来ることが大半。ボクも教えるほど暇じゃないし、解らなかったら何もしないでいい。ヴァンでもリグレットでも、何かやることはないか訊きに行けばいいさ」
「わ……解った。あんまり役に立てないとは思うけど、頑張るね」
「期待してないから適当でいいよ。で、アンタの部屋だけど……」
 シンクはさっさと部屋を出て歩いていく。寄宿舎が隣接しているとヴァンに教えてもらったからそこに行くのかと思いきや、彼はすぐ隣の部屋の前で立ち止まった。
「ここがボクの部屋。で、隣が空き部屋だからそっち使って。今机しかないはずだから、後で備品申請書で欲しい物適当に申請すればいい」
「質問いい?」
「……ドーゾ」
「寄宿舎の方は使ってないの?」
「ボクは使ってないね。万が一何かあったら、気付いた奴を殺さなくちゃいけなくなるし……それに部屋なんて寝るためだけの場所だろ? だったら、執務室の隣が一番都合がいい。ああ、洗面台とシャワーは備え付け。食事は食堂があるからそこで摂りなよ。……あー、金、は……ディストでもおだてとけば、しばらくは奢ってもらえるんじゃない。はい説明終わり。これ鍵だから」
 これ以上話すことはないと言わんばかりに説明を打ち切って、シンクは執務室へと戻ってしまう。とりあえず渡された鍵を鍵穴に挿し込み、部屋に入った。しばらく使われていない部屋なのか埃が積もっている。とりあえず窓を開けて換気をすると、私はシンクのいる執務室へ向かうことにした。
 さっき言われた「申請書」を貰って、家具と掃除用具をリクエストしよう。これから先どう転ぶにしても、ここが私の拠点になる以上はきちんと休める場所を作る必要があるだろうから。
 与えられた埃っぽくて狭い部屋は、空気が重くてギスギスしていた家の中なんかより何倍も自由な空間に感じられた。



2025.12.15 柿村こけら



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