祈りは永遠に。

08:怪我

 この世界に来て、私は日記をつけることに決めた。
 話の流れは何度もプレイしたこともあって暗記しているけど、やることがたくさんあるのでうっかり忘れてしまう可能性もないとは言えない。なので、起きたことをまとめるのも兼ねて……というわけだ。オールドラントの暦は私のいた世界とは異なる。間違えないよう細心の注意を払いながら続けるのは記憶の整理にもなったから良かった。タイミング的にはもうすぐルークたちがテオルの森に着くくらいだろうということも把握できたし。
 私が神託の盾騎士団に慣れてきたタイミングで、シンクは私を新しい副師団長として第五師団の面々に紹介してくれた。彼らの反応は予想通り。いきなり名前も顔も知られていない譜術士が副師団長なんて要職に就いたことで警戒されてしまったが、そこは根気よく部隊を回ることで解決できた……と思う。正直私はコミュニケーションとかあまり得意な方じゃないけど、この世界では私がゲーム好きだとか親が離婚してるとかは関係ないから当たって砕けろの姿勢でいけて良かった気がした。部隊ごとの訓練にお邪魔して、第七音譜術士として怪我を治したり、シンクの指示に従って大きな譜術を発動して訓練のお手伝いをしたりしているうちに、みんなは私のことを「少なくとも譜術士としては実力がある」と判断してくれたようなのだ。
 あと単純に、シンクが私以上にコミュニケーションを放棄しているのが功を奏したのかもしれない。年若いのに威圧的で体術も第七音含む譜術も使いこなせる参謀総長兼師団長より、若いし前衛はからきしだけどコミュニケーションを取ろうとはしている副師団長の方が話やすかったんだろう。シンクに訊きたいけど怖くて訊けないこととかを私に質問する人が徐々に増えてきたし。
「こーやって話してると、意外と人と喋るの苦手じゃなかったのかもとか思っちゃうなー……」
 書類に目を通しながらぽつりと独り言を零す。私ってコミュニケーションが苦手なんじゃなくて、コミュニケーションを取るに値する相手がいなかっただけなのかも。よくよく考えればクラスメイトは私をいじめてくる主犯格の子に逆らえなかったし、先生だって面倒ごとに巻き込まれるのは御免だって感じだった。お母さんは言わずもがな。てか、両親の件とかいじめとかがなかった小学生の頃はもうちょっと明るかった気がするな……。今はご覧の有り様ですけども。
 なんて考えてたら執務室のドアが開いて、シンクが書類を手に帰ってきた。ヴァンに呼び出しを受けていたから、何かの任務に行くのかもしれない。当たり前だけどシンクは師団長兼参謀総長だし、私の知らない(ゲームでは見えていない)ところでいろいろな仕事をこなしていたんだよなぁ。手にしているのも、そのうちの一つだったりするのかも?
「お疲れ様。ヴァンはなんて?」
「グランコクマの方に出張。ラルゴと一緒に、導師イオンを今度こそ捕獲しに行けってさ」
「……あ、もうそんな時期か」
「知ってたんだ、やっぱり」
「あはは……まあ、そうだね。えっと、その……地震には気を付けて」
 どうせどんな助言をしたところでタイミングがタイミングになるから二人がイオンを連れ去ることはきっとできない。でも、ちょっと怪我に気を付けてもらうくらいならセーフだよね。というか私としてもこのタイミングでイオンが捕まるのは困るし。
「ボクがいない間の仕事は任せたから。何か解らないことがあったら無理に進めなくていいよ。リグレットはいるって言ってたから、そっちに確認して」
「うん、了解。気を付けてねシンク、いってらっしゃい」
 シンクは書類を机に置くと、何も言わずに去っていってしまった。残された私は自分の席に座り直し、ふぅと溜息を零す。それからすぐに立ち上がって、シンクがいないのをいいことに隣にある自分の部屋へと向かった。鍵付きの引き出しを開け、中から日記を取り出す。
「ルークたちが、グランコクマに……テオルの森のところ……」
 日付の下に書いていくのはゲーム内で起きたことだ。ここからグランコクマとなると実際はすごく距離があるはずなのだが、シンクとラルゴの二人旅ならきっとそうかからないに違いない。私にはまだできないことだ。
「グランコクマに入ったら……セントビナーの崩落……大丈夫。セントビナーの方はルークたちがなんとかしてくれる……」
 メモを残し、私は溜息を吐きながら机にうつ伏せになった。外殻大地の崩落自体は、ルークたちが適切に動けさえすれば暮らしている人を救うことができる。でも……その後に起きることはそうじゃない。ルグニカ平野での戦争……ヴァンはそれを狙ってる。そこで人々が地核に落ちようと気にも留めない。そっちはルークやジェイドの力だけではどうしようもないことだから、一人でも死ぬ人を減らすためには介入したいけど……
……ヴァンとモースの主目的はイオンを捕まえて、こちらに連れてくること。ルグニカ平野の移動に際しては二手に分かれるはずだし、イオンを連れてくるというテイなら私が混ざることだってできる……かもしれない。うん。表面上はイオンを捕まえる振りをして、ルークたちに合流できないか今度確認してみよう。
 いつまでも神託の盾騎士団に閉じ込められているわけにはいかない。知らないところでコトが進んでしまうなら、私がここに来た意味がなくなってしまうから。

 そんな感じで、シンクが発ってからしばらくの間は日記へのメモを続けながら入ってくる仕事(シンクの分もあるので結構な量だった)をこなしていると、がちゃりとノックもせずにドアが開けられた。そんなことをするのはこの世で一人だけ。アッシュだってヴァンだって人の部屋である以上はノックをするわけだから、それはつまり、この部屋の主人である彼が入ってきたことを示している。
「おかえりなさい、シンク」
「……」
 立ち上がって声をかければ、仮面を着けたままの彼が少しだけ立ち止まる。私がいることに驚いているという感じでもなさそうだけど……首を傾げつつももう一度名前を呼べば、彼は溜息を零した。
「シンク?」
「別に……仕事は問題なかった?」
「うん、私の権限で処理できるものはしておいたよ。後は第五師団宛と参謀部宛に分けておいた。上から締切が近い順に並べてあるから、時間あるときに確認しておいてね。一番早いのでも提出は三日後だから、少し休んでも大丈夫だと思う」
「……アンタさぁ」
「う、うん。何?」
 溜息がもう一つ追加された。余計なことしちゃったかな、休むとか要らないと思われてるかな。そう思いながらシンクの言葉を待つと、彼はどさりと自分の席に腰を下ろした。
「思ったより仕事できるよね」
「へ……?」
「正直期待してなかったから。副師団長とか面倒だし、ボクずっと一人でも回せてたからヴァンが余計なことしたなって思ってたけど、アンタのお陰でちょっと軽減されたこともあるし。それは素直に評価してあげるよ」
「あ……ありがとう。なら良かった……私ね、自分の世界じゃ全然、一人暮らしもできないような子供だったから。役に立てるのかなって不安に思ってたところもあるんだけど……シンクにそう言ってもらえて、他にも色々な任務を任せてもらえて、本当に嬉しいの」
 正直、この世界のことでも知らないことはたくさんある。だけどシンクの書いた書類を確認したり、リグレットに質問したり、トリトハイムに教えてもらったりと、シンクがいない間もいろいろと努力した甲斐はどうやらあったみたいだ。
「……」
「あ、任務で思い出したっ。私この後、アッシュのとこの訓練を手伝う予定なの。ごめん、お茶とかお菓子とか用意できなくて……」
「別にそういうの要らないし。遅刻したら第五師団の沽券に関わるから、さっさと行きなよ」
「うん! いってきます!」
 時計を確認する。流石に遅刻というほどじゃないけど、急いだ方がいい時間であることに変わりはない。すっかりどこに何があるかも覚えた騎士団本部の中を駆け抜けて、私はアッシュや一般兵の待つ訓練場を目指す。
……シンクが帰ってきたってことは、もうガイにはカースロットが入ってるってことだ。ルークたちは今頃セントビナーに行って……どちらにせよシンクたちがイオンの捕獲に失敗した以上、ヴァンは次の手を考えているはず。なら、このタイミングで名乗りを挙げるというのは悪くないかもしれない。うん、そうしよう。訓練が終わったらヴァンのところに行って直談判だ!
 なんて考えながら訓練場に到着すると、そこにはずらりと並んだ一般兵の皆さんの姿があった。まだ開始五分前だっていうのにしっかり整列してる。すご。うちの学校の朝礼じゃ絶対有り得ない光景だ。
 まだアッシュは来ていなかったので、私は訓練場の隅っこで彼を待つことにした。今回の訓練は今まで第五師団でやってきたものとそう変わらない。基本的には兵士さんたちが組んで剣技の向上を図るためのものだが、途中で何人かの兵士で譜術士を相手取るときの訓練を入れるのだ。私は大型譜術を展開する「敵役」として起用されている。これは兵士さんだけではなく、私自身の実践経験を高める目的もあったりして。
「揃っているか!」
「はい、アッシュ特務師団長!」
 全体のまとめ役っぽい兵士さんが、入ってきたアッシュに大声で返す。相変わらず不機嫌そうな顔をした彼は、兵士たちを見渡すと舌打ちをした。……多分だけど彼らのことが気に食わないとかではなく、つい癖でやっちゃったんだろう。
「今回の訓練はアイツにも手伝ってもらう。内容は頭に入ってるな?」
「もちろんです!」
「十分だ。オイおまえ、いつまで隅にいるつもりだ! さっさとこっちに来い、屑が!」
「はい……っ! ――改めましてこんにちは。第五師団副師団長のです。皆さん、今日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いいたします、副師団長!」
 きっちり90度の角度でお辞儀をされたので、私も頭を下げる。実践経験で言えば、私の方が全然若輩者なわけだし。
 まずはペアになって剣技の訓練から。広い訓練場に二人一組で分かれて並んで、打ち合う姿をアッシュが見ては指導していく。重い鎧を着用した状態で動けるようにという訓練も兼ねているらしい。私は剣術のことはからきしなのでアッシュのようにコメントを入れることはできないけど、なんとなく動きの癖とかを確認する。例えばこの人は重心が右に寄りがちだから、後で戦う時は左側からスピーディーに攻撃した方が良さそうだ、みたいな。
「そこまで! 譜術対応訓練に移る、A班から順に前へ出ろ。他の班は様子を見て、自分の番での行動に活かせ!」
「はいっ!」
 鎧をガチャガチャと鳴らし、指示された以外の人がこちらを囲むように立つ。見るのも勉強のうちということで、向けられる視線はかなり鋭かった。深呼吸を一度して、私はアッシュの後方に歩み出る。
 実戦を想定した訓練だ。兵士の皆さんは私の譜術を掻い潜りながら攻撃をする、アッシュは後衛である私を兵士たちから守る。私はとにかく譜術を連発。リグレットに認めてもらうときにやった模擬戦に似た形式――というか、普段から彼女はこういう訓練をしているからこそあのときもこれを選んだのだろう。
「始め!」
「うおおおおお!」
 早速兵士の一人がアッシュに斬りかかる。それを尻目に、私は譜術の詠唱に入った。五対二の戦闘なので数的有利はあちらにあるが、単純な攻撃力だけなら一撃が大きい私の方が上だ。こちらの間合いに入り込まれる前に、と音素を捕まえる。
「聖なる光よ、堕ちよ」
 アッシュと打ち合っている人の横を抜けるように走ってきた兵士の足元めがけて、私は第六音素を投擲した。固まった音素は光の槍となり、ドスドスドスドス!と兵士たちの進行を止める。
「――ホーリーランス!」
 初手でこの譜術を選んだのは、眩い光を帯びた攻撃であるからだ。突然辺りが照らされれば兵士は戸惑い、無意識に目を守ろうとする。一方で味方識別マーキングをしているアッシュだけはどれだけ辺りが眩しくても動くことができるので、早々に自分に打ち込んできた兵士を斬り捨てて(本気で斬ってはないよ!)、眩さに動けなくなっている兵士に向かって剣を振り上げた。ゴンッ!と鈍い音がして、兵士の鎧がアッシュの剣で凹む。
第三音素サードフォニム、集え……!」
 アッシュに一方的に攻め込まれているのは可哀想だが、こちらも仕事なので手は抜いていられない。戦場では手を抜いたら生き残れないし。訓練場に予め撒かれたFOFを手繰り寄せると、私はそのまま光の槍を更に広く展開した。
「風雲渦巻き刃となれ! サンダーブレードッ!」
「ぐあああああ!?」
 ビリビリと全身に雷が走り、兵士たちが倒れる。こちらも意図的に威力を削いでいる(そういう譜業をディストに作ってもらって着けている。すごい!)ので死ぬことはないが、立ち上がるのは厳しいだろう。
「チッ……後先考えず術者に突っ込むとこうなる! いくら丸腰だとしても、譜術士は自分が狙われることを理解してンだ、何か対策を持っているに決まっているだろう。おまえらはそれを考慮して動け!」
「はいっ!」
 見学していた兵士たちがピッタリ揃った声を上げた。本当は怪我した兵士たちを治してあげたいけど、この後何回も大きい譜術を使わなきゃいけないので体力温存のために回復は他の人に任せ、私は元の位置に戻る。
 それから何度も模擬戦を繰り返したが、私のところまで辿り着ける兵士はいなかった。私の判断が的確だから……なんてことはなく、シンプルにアッシュが強いせいだ。四人くらい一気に相手取って、こちらに走ってくる兵士をいなしてしまう。私はその隙を見て譜術を展開すればいいだけ。
「チッ……次で最後だ! 最後の班、前へ!」
「はっ!」
 長々と待たされていた班が私たちの前に出てくる。アッシュの号令と共に動き始めはしたものの、それは今までたくさん見てきた失敗を糧にしてか猪突猛進な感じはしなかった。
「ほう……」
 アッシュもこれには見どころがあると判断したのかもしれない。少しだけニヤリと笑って、剣を構え直す。タイミングを見計らっている剣士たちの後ろで、私はそんなことお構いなしとばかりに音素を収束させた。
「凍土の果てに彷徨え。アイスウォール!」
 第四音素が音を立てて凍っていく。兵士たちを囲むように生まれた氷の壁の中にはアッシュもいるが、彼はこの程度で狼狽えるわけもない。逃げ道も進む道も塞いだ中から、アッシュの剣が第五音素を爆ぜさせる音が聞こえてきた。ということは中には今、火のFOFが満ちている。
「続けていくよ! 燃え盛りしは四方が境界……ファイアウォール!」
 氷が溶け、一瞬にして炎の壁に変化する。中で兵士たちは驚いているが、アッシュだけはそれを好機とばかりに剣を振るった。アッシュとも相性のいい一撃だったことが良かったようで、最後の最後で絶好調って感じになっている。
 炎の壁はそう簡単には消えない。せっかく最後だし、大きめの譜術で終わらせてあげよう――そう考えて、私は感覚を研ぎ澄ませて第六音素を掴み取り始めた。長い詠唱を必要とする譜術は威力が壮大だが、高い集中を必要とする。ハイリスクハイリターンの譜術は、身の安全が確保されている場でしか使えない。例えば、シンクに運ばれている状態とかね。
「黎明へと導く破邪の煌めきよ、我が声に耳を傾けたまえ……」
 第六音素が集中する感覚。どの音素でも扱うことができるとは言え、体感第六音素は別格だ。自分で言うのもなんだけど、かなり精度は高くなってきていると思う。この調子でどんどん慣れていかなくちゃ。
「聖なる祈り、永久に――」
「うおおおおおおおっ!」
「ッ!?」
 詠唱を遮るように雄叫びが降ってきた。見れば、別の兵士の手をジャンプ台にして炎の壁を乗り越えた兵士が私に向かって大きく剣を振りかぶっている。今からフォースフィールドを展開するのは厳しい。なら……詠唱を破棄して、出力を落とした譜術を放った方がこの場は凌げるはず!
「仕方ないっ……光あれ! グランドクロス――って、あ、れ、」
 光は爆ぜない。
 代わりに、左肩に痛みが奔った。燃えるような痛み。ちらりと視線をそちらに向けて、兵士の振りかぶった剣が自分の肩を掠めていることを認識する。掠めているというか、普通にざっくり、切れている。斬られて、いる。当たり前だ。峰打ちできる刀と違って、彼らの使う剣は両刃なのだから。
「あ……ぐ、ぁ、ああああっ……!」
 そういえばここまでの怪我をしたのは初めてだと、妙に冷静な思考で考えた。後衛の私はルークたちと移動しているときも基本的にみんなに守ってもらっていた。私とティアは回復役も兼ねているし、怪我をするわけにはいかないからだ。こんな風に刃が肌を滑るのは初めての感触。殴られたり蹴られたりと散々暴力を振るわれてはきたけれど、あのバカ女たちが刃物を取り出すことはなかった。今思えばそこまでする勇気がなかったということなんだろう。
っ!? おい、どうした!」
 珍しくアッシュが焦っている。私を斬った兵士も、よもやこんなことになるとは思ってもいなかったのだろう。ここからでも解るくらい動揺している――もしかしたら、彼もこんな風に「斬る」のは初めてだったのかもしれない。
「ごめ……アッシュ、私……怪我……」
「……傷は思ったより深くねぇな。おいおまえ、何があった?」
「は、はい……っ! その、火の壁を越えて副師団長に斬りかかったのですが……特に反撃がなかったため、自分の剣が副師団長に傷を付けてしまったのだと思います」
「あはは……詠唱、してたんだけど……なんか、譜術、出なくて、……っ、はー……ごめんなさ、びっくりさせ、ちゃいました、よね、」
「い、いえ! それより副師団長、手当てを……!」
「チッ……今日の訓練はここまでとする。俺はコイツを医務室に連れていくから……悪いが、シンクとディストに医務室に来るよう伝えてもらえるか」
「かしこまりました、特務師団長! 副師団長も、ありがとうございました!」
 兵士たちが揃ってお礼を言ってくれる中、アッシュが私の身体を持ち上げた。ああ……迷惑、かけちゃった。ズキズキと痛む肩が私の意識を揺さぶってくる。
「痛むだろ。目閉じてろ、屑が」
「ん……そうする。ありがと、アッシュ……」
 痛みはどんどん広がる。私は抵抗を諦め、目を閉じて意識を手放した。



2025.12.15 柿村こけら



Prev / Back / Next