世界の果てでは雨が止む
72:元素
目を閉じていたのか、それとも開いていたのか。解らないくらいそこは暗い空間だった。確かに立ててはいるけれど、うっかりすると上下左右が解らなくなってしまいそう。
「……?」
「エリーゼ?」
声に応じて手探りで小さな身体を探せば、ぶにんとした感触にぶつかった。ティポだ。その近くにいたエリーゼもこちらを見付けたようで、そっと手を握ってくる。
「ここが精霊界……なんでしょうか」
「どうだろう……とにかく、進もう」
近くにジュードたちはいないようだった。エリーゼと二人で歩き始めてしばらくすると黒が消え失せて澄み渡った青空の広がる場所に出た。
「あ、二人とも!」
「レイア、ローエン」
「僕たちもいるよ」
振り返ればジュードとアルヴィンもいた。どうやら私とエリーゼが最後だったらしい。全員で周囲を見回すと、歯車のようなものが水鏡に刺さっている不思議な世界が認識出来た。
「今までもそうでしたけど、ここも何だか変な場所ですね」
「――ここは世精ノ途」
「誰!?」
突然、老いた男性の声がエリーゼの言葉に答えた。ぱっと私たちの眼前に現れたのは黒いローブを着て大きな椅子のようなものに座った老人だ。メガネを掛けた彼は、光のない瞳で私たちを見下ろしている。
「私が作り出した、人間界と精霊界を繋ぐ唯一の道だ」
「あなたが……マクスウェル?」
「いかにも。私が精霊の主マクスウェル。まさかここまで繰る人間がいるとはな」
長い髭を指先で弄りながら本物のマクスウェルは告げた。驚いている素振りはない。ただ、自分に辿り着く者がいるとは思っていなかったようだが。
「あなたに聞きたいことがあるんだ。ミラのことを教えて欲しいんです。僕たちはそのためにここまで来た」
「む……なるほど、お前たちがミラに供した者たちか」
「そうです。僕はミラと出会って、一緒に旅をして、色々考えた……ミラが死んで、僕はようやく気付けた。僕が本当にやりたいこと、やらなきゃいけないことに」
「……何だそれは」
今度は少し興味を持ったらしい。ジュードはマクスウェルを見、覚悟を決めたように口を開いた。
「断界殻をなくして、リーゼ・マクシアもエレンピオスも助ける」
「愚かな! 外には黒匣が溢れている。リーゼ・マクシアを滅ぼすつもりか! 解っているのか! お前たちのやろうとしていることの意味が!」
「解っておりますとも! だからこそです」
ジュードに代わってローエンが答える。憤慨した様子のマクスウェルは、私たちの視線を受けて苛々しているようだ。
「だから知りたいの。どうしてあなたがミラやミュゼを作ったのか。どうして断界殻を開かないのか。知らなくちゃ、納得出来ない」
「……二千年前、この世に黒匣が誕生した」
落ち着いたのか、マクスウェルは椅子に座り直すととうとうと話し始めた。黒匣が生まれたことによって沢山の精霊が死に、自然が激減したこと。マクスウェルはそんな世界に耐えられず、霊力野のある人間だけを連れてリーゼ・マクシアを作った。エレンピオスがいつか滅んだとき精霊と共存出来る人間だけを生かすために。
「私は黒匣の危険性を人間に伝えた。しかしエレンピオス人は黒匣を捨てなかった。それだけではない! 奴らはあろうことかこのリーゼ・マクシアを襲ったのだ! しかし私はここを離れられない。だからミュゼを生み出し、自分の代わりとした」
「それが二十年前のことなんだね」
「だが不運にも、そのときリーゼ・マクシアに入り込んでしまった奴らがいた……」
「それが……私たち」
そして私たちアルクノアは、断界殻を消すためにマクスウェルを殺そうとした。後は知っての通りだ。私たちはマクスウェルの代わりであるミラを本人だと思い込み殺そうと企んだ。全部マクスウェルの脚本通りの展開だなんて気付かずに。
「ミラは……あなたにとって何だったの!?」
「我が使命のための歯車」
「ふざけるなあっ!」
助走をつけてジュードが飛び上がる。しかし彼の攻撃はマクスウェルの生み出した盾のようなものであっさり弾かれてしまった。
「やはり変わらぬ。お前たちはいつもそうだ。これ以上話しても詮ないこと――我が世界より消えよ! 破壊者どもめ!」
精霊の主たるマクスウェルの力は、今まで戦ったどんな敵より強大だろう。まったく、こんなものを倒さないと帰れなかったなんて、難易度高すぎなんじゃないだろうか。詠唱に入ったローエンとエリーゼを尻目に、私はホルスターから双銃を引き抜いて、アルヴィンと共鳴した。
2015.06.27 柿村こけら
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