世界の果てでは雨が止む

86:恋慕

「アルヴィンと何話してたの?」
 二人が室内に戻るのを見送ってから、ジュードはさっきまでアルヴィンの座っていたブランコに座った。雪はまだ止む気配を見せない。

「今までのこと、とか。これからエレンピオスをどうすればいいかとか」
「……そっか」
「ジュードたちは?」
 そう問えば、ジュードは上着のポケットに手を入れて何かを取り出した。

「ガイアスが来たんだ。これはミュゼのナイフ。これで次元を裂けるんだって」
「わざわざそのために? 超余裕みたいね」
「ガイアスってそういう人だよ。最初に会ったときからずっと変わってない」
 雪を孕む厚い雲を見上げて、ジュードはそれきり黙ってしまった。

 気まずい沈黙が場を支配する。さっきアルヴィンがあんなこと言ったせいでまともにジュードの顔も見れない。
 何か言わなくちゃと思えば思う程、周囲の景色のように思考も真っ白になる。


「あのさ」
「あの」
「……からどうぞ」
「え? べ、別に大したことじゃないからジュードから言って!」
 ぴったり重なった声をお互いに気まずく思いながら、ジュードがじゃあ、と切り出した。

「気のせいだったらごめん。さっきから全然僕のこと見てくれないけど、僕に何かしちゃったかな?」
 眉尻を下げながらジュードが言う。そこでようやく、彼の蜂蜜色の瞳をしっかりと見た。
「あ……ち、違うの。これはその、アルヴィンが余計なこと言ってきたせいで、」
「アルヴィンが?」
「だから今ちょっと混乱してて。その、ごめんなさい、私……」
「別に責めてる訳じゃないよ! 大方アルヴィンのことだし、のこと考えないでドストレートに変なとこ突っ込んだんでしょ?」
……よくご存知で。
 改めて彼を見る。ハ・ミルの一件以来、平静を保てない。こんなの傭兵失格だ。こんな落ち着かないまま明日本当にガイアスと戦えるのか。


 すっかり黙ってしまった私をジュードがじっと見つめる。それからグローブの嵌められた手がそっと雪で顔に貼り付いた髪を退けた。
「ねえ、。そのまま聞いてね」
「……うん」

「僕、のこと好きだよ」

 ずっこけそうになった。
 それが冗談じゃないのは、彼の目が物語っている。真剣そのものだった。ジュードはブランコから立ち上がると、私の前にしゃがみ込む。
「明日、ガイアスたちに負けるつもりなんてない。僕たちは全員で僕たちの選んだ未来を目指したいんだ。怖いから言ってる訳じゃないよ。ただ――言えるときに、言っておきたくて」
 もう目を逸らすことは出来なかった。さっきアルヴィンに言われた言葉が何度も脳内でリフレインする。
 闘技場やイル・ファンのときとは違う。まるで世界に二人きりになったようにさえ感じた。

「ジュード、私……」
 とっくに大人になってしまった彼と違って、私はいつまでも子供のままだ。大人になんてなれない。だって怖いから。自分の気持ちなのに受け入れることが怖いだなんてとんだお笑い草だけれど。

「……ごめんね、突然」
「ち、違っ……!」
 立ち上がろうとするジュードを引き止めようとブランコから急いで立ち上がった。どさり、二人して雪の積もった地面の上に倒れ込む。
「嫌な訳じゃないの、ただ、まだ上手く言えなくて、私、」
「うん」
「答えはきっと、ジュードの考えてる通りだよ。ただ、口にするのが、こわく、て、」
「うん」
「だから……だから、ちょっとだけ、待って。ちゃんと言うから。ごめんなさい、私……」
「大丈夫。僕も色々あって、ちょっと急ぎたくなっただけだから。待ってるよ、のこと。いつだっていい、のタイミングで僕に教えて」

 ジュードの腕が背中に回されて、ぎゅっと抱き締められた。冷たい雪の世界をゆっくりと温かさが溶かしていく。
 決めなくちゃ、私も。逃げないって決めたのは誰だ。――他でもない私だ。
 とくん、と聞こえてくるジュードの心音を聞きながら、私はぎゅっと拳を握った。




2015.06.27 柿村こけら



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